ビジュアルアイデンティティ

なぜあの企業は“らしさ”を伝えられるのか? VIの力とその開発

2025年4月20日10分読み

なぜあの企業は“らしさ”を伝えられるのか? VIの力とその開発

エグゼクティブサマリー

多くの企業が市場の中で自社の独自性を伝えようとする中、ビジュアルアイデンティティ(VI)の重要性が再認識されています。単なるロゴやカラーの統一にとどまらず、VIは企業の“らしさ”──すなわち理念や文化、価値観──を視覚的に表現し、社内外に一貫したメッセージを届けるための基盤です。

本レポートでは、中堅・中小企業を中心とした企業がVIを通じて“らしさ”を明確に伝え、信頼や共感を獲得している事例を紹介しながら、その構築と運用のポイントを明らかにしていきます。

VIが果たす役割と「らしさ」を伝える重要性

企業がどれほど優れた商品やサービスを提供していても、それを支える理念や姿勢が伝わらなければ、市場での差別化は困難です。とくに中堅・中小企業においては、人的資源や広告費が限られる中で、「何をしている企業なのか」「どんな価値を持っているのか」を短時間で印象づける必要があります。

VIは、その第一歩を担う重要な手段です。VIが持つ力は、言語によらず一目で“企業らしさ”を感じさせる点にあります。ロゴの形状や色、書体のトーンなどは、見る者に無意識的な印象を与え、信頼感や親近感、革新性などの感情を喚起します。これにより、企業が言葉では表現しきれない“らしさ”を、短時間で確実に伝達できるのです。

VIがもたらす具体的なメリット

企業が自社の“らしさ”をVI(ビジュアル・アイデンティティ)を通じて明確に伝えることには、大きく分けて三つのメリットがあります。単なる見た目の統一ではなく、経営における重要な資産として機能する点がポイントです。

第一に、「選ばれる理由」を視覚的に伝えることができる。

中堅・中小企業にとって、知名度や広告予算で大手と競うのは現実的ではありません。だからこそ、限られた接点のなかで印象を残す必要があります。名刺やWebサイト、会社案内、製品パッケージなど、顧客と最初に出会う場面で「この企業は何を大切にしているのか」「どんな姿勢で事業をしているのか」といった“らしさ”を視覚で伝えられることは、記憶に残り、選ばれる確率を高める効果につながります。

第二に、信頼構築と関係維持においても、VIは強力な役割を果たす。

取引開始後やリピート顧客との関係においても、VIは企業の姿勢や価値観を視覚的に伝え続ける手段となります。ロゴやカラー、フォント、写真のトーンなどが一貫して活用されていれば、顧客は接するたびにその企業らしさに触れ、無意識のうちに信頼感や安心感を育んでいきます。特に競合がひしめく市場においては、こうした一貫した印象の積み重ねが、他社との違いを示し続ける要素となり、顧客の中に「この会社らしい」という認知が定着していきます。

第三に、組織内部での自律的な判断や行動を促す。

経営理念やブランドの価値観を文章で浸透させるには時間がかかりますが、VIとして視覚化された指針が社内にあることで、社員一人ひとりが企業の価値観を意識しやすくなります。たとえば、社内報やオフィス空間、業務マニュアルにブランドカラーや象徴的な言葉が反映されていれば、言語化されずとも“らしさ”が共有され、意思決定や行動の質が整いやすくなります。結果として、現場主導で“らしい判断”ができる組織文化が根づいていくのです。

このように、VIの力は「見た目」の枠を超え、対外的な信頼の獲得と、社内の一体感醸成という両面に効果をもたらします。経営者が戦略的にVIを構築し活用していくことで、企業価値の明確化と競争力の強化が期待できます。

具体的な事例

 “らしさ”を適切に伝えている企業を2社紹介します。具体的な実行内容から、得られた効果までをコンパクトに整理しました。

事例❶ 「吉野杉を活用した住宅ブランドの確立」株式会社イムラ

奈良県に本社を構える株式会社イムラは、地域資源である吉野杉を活用した木造住宅の提供を通じて独自のブランドを構築してきました。同社は単に素材としての吉野杉を使うだけでなく、「吉野杉と共に暮らす上質な住まい」というブランドコンセプトを明確に定義。その世界観を、VI(ロゴ・カラー・Webサイト・カタログ・モデルハウスのしつらえ)に一貫して反映させることで、住宅そのものと企業のメッセージが矛盾なく伝わるように整備しました。

特に、写真や書体、空間のトーンを通じて、自然素材の美しさや温かみをビジュアルとして訴求する点が特長です。このようなVIの活用により、同社は「本物の木の家をつくる企業」という印象を市場に定着させ、地域密着型の中堅企業でありながらも、住宅業界内で独自のポジションを確立しています。

事例❷ 「伝統工芸を世界に届けるVI刷新」近畿編針株式会社

1916年創業の近畿編針株式会社は、竹製の編み針を中心とした手芸用品の製造・販売を手がける老舗企業です。長年にわたりOEM供給を中心に事業を展開してきましたが、海外市場での自社ブランドの認知度向上を目指し、VIの刷新に取り組みました。

同社は、創業100周年を機に、新たなプロダクトブランド「Seeknit(シークニット)」を立ち上げました。このブランド名には、「編み物の世界を追求する」という意味が込められています。ブランドロゴ、製品パッケージ、カタログ、Webサイトなど、すべてのビジュアル要素を統一し、ブランドイメージの一新を図りました。また、社員全員がブランドコンセプトの検討に参加することおで、社内外でブランドの方向性が共有され、製品開発やマーケティング活動に一貫性が生まれました。

VIの刷新後、同社はドイツやフランスの見本市に出展し、工芸品のように美しい展示で注目を集めました。さらに、アメリカのECモール「Etsy」にも出店し、越境ECによる新たな販路を開拓しました。これらの取り組みにより、売上は約1.5倍に増加し、海外展開において大きな成果を上げました。

“らしさ”を伝えるために実践すべき3つのポイント

“らしさ”を言語化し、視覚に落とし込むVI開発を成功に導くには、押さえるべき要点があります。ここでは、数多くのプロジェクトを通じて明らかになった、実践すべき3つのポイントをご紹介します。

ポイント① 「デザインだけにしない」 ―価値観の言語化と整合性―

VIに取り組む際、まず優先すべきは「見た目を整えること」ではなく、自社の根本にある価値観や未来像を言語化することです。ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を明確にしたうえで、その言葉とビジュアルが矛盾しないよう設計することで、“らしさ”に説得力が生まれます。たとえば「親しみやすさ」を掲げる企業が無機質で高級感のあるデザインを選んでしまうと、顧客との印象にギャップが生まれ、ブランドの浸透を妨げることになります。

ポイント② 「つくって終わりにしない」 ―継続運用と社内浸透―

VIは一度整えたら終わりではなく、日々の業務の中で繰り返し使われてはじめて機能します。名刺や会社案内だけでなく、Webサイト、SNS、社内報、オフィス環境、メール署名、プレゼン資料など、あらゆる接点で統一された世界観が共有されてこそ、社内外に「企業らしさ」が定着します。また、社内に運用マニュアルやガイドラインを整え、誰でも判断・更新できる仕組みを持つことも、継続的な品質維持には欠かせません。

ポイント③「一方通行にしない」 ―社内外の声を取り入れる―

経営層の意図や理念を反映することは重要ですが、それだけでは不十分です。現場の社員や顧客の視点を取り入れながら構築することで、より現実に根ざした実効性の高いVIが生まれます。たとえば、営業やサポート部門の声をヒアリングすることで、実際の接点でどのように受け取られているかを把握できます。社内ワークショップの実施や、顧客アンケートの活用などを通じて、多面的な視点を反映させることが成功のカギとなります。

まとめ

“らしさ”を伝える力は、今後さらに重要性を増していくでしょう。多くの情報や選択肢が溢れる中で、消費者やビジネスパートナーが企業を選ぶ理由は、単なる機能や価格だけではなく、その企業に「共感できるか」「信頼できるか」に移っています。

中堅・中小企業であっても、自社の強みや文化を明確にし、それを一貫した視覚表現として社会に示すことは、大きな価値を持ちます。むしろ大手企業にはできない“温度感”や“顔が見える距離感”を活かしたブランディングこそ、中堅・中小企業の武器になり得ます。いま一度、自社の“らしさ”とは何かを問い直し、それをどう伝えるかを見直す──その起点として、VIの再構築を検討することは、有効かつ戦略的な選択といえるでしょう。

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この記事・レポートについて

この記事・レポートは、20年以上にわたるブランディング実績と、ブランド戦略に関する最新事例の研究に基づいてフォアビスタ株式会社が執筆したものです。ブランディングにおける課題解決の糸口、戦略実行のヒント、実施施策のノウハウを提供しています。

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そのブランドに、次の一手を。経営視点のブランディングで、成長を加速させる会社です。そのブランドに、次の一手を。経営視点のブランディングで、成長を加速させる会社です。お問い合わせフォームお問い合わせフォーム