変革期のブランド戦略
成熟期から脱却するブランド戦略 〜次の10年を切り拓くために〜
2025年3月31日9分読み


1. エグゼクティブサマリー
多くの中堅・中小企業が、一定の成長を遂げた後に直面するのが「成熟期」という壁です。業績が安定し、一定の市場ポジションを確立した状態は、一見すると理想的に映ります。しかし、変化の激しい市場環境において、その状態が長く続くとは限りません。変化を恐れず、新たな価値創出に取り組む企業だけが、次の10年を切り拓いていくことができます。
経営者の多くは「このままではいけない」「ブランドも進化させるべきだ」と頭では理解しています。しかし、その“やり方”が見えない、実行に移す方法が分からない、というのが実態ではないでしょうか。変えるべきものと守るべきものの見極めに迷い、踏み出せないまま時間が過ぎていく——それが多くの成熟期企業に共通するジレンマです。
本レポートでは、ブランドを「変える」のではなく「進化」させるための具体的な視点を、「次の10年を見据えた視座」としてご提示します。過去の延長ではなく、未来の兆しに応じてどのようにブランドを再定義し直せばよいのか。そのヒントを、日本の中小企業の事例とともにお伝えします。
2. 成熟期におけるブランドの課題
企業が成長初期の勢いを失い、売上や顧客数の伸びが鈍化してくると、「今のブランドのままでいいのか?」という問いに直面します。この段階では、以下のような悩みがよく聞かれます。
・企業や商品のイメージが古く感じられるようになってきた。
・新規の顧客獲得が難しくなり、紹介や既存顧客への依存度が高まっている。
・新卒採用や若手人材の確保に苦戦している。
これらはすべて、「ブランドが時代や社会とズレ始めている」ことの兆候です。つまり、外部環境や価値観の変化に対し、ブランドが進化できていないサインなのです。
ブランドの進化とは、自社の存在意義や提供価値を「社会的文脈の変化」と照らし合わせて再構築することです。環境課題、働き方の変化、地方の人口減少、グローバルな競争構造といった複数の要素が交錯する中で、自社のブランドが「誰のどんな未来に貢献できるのか」を定義し直すことが求められます。単なるリニューアルではなく、社会との関係性をアップデートする——それが成熟期から脱却するブランド戦略の本質に他なりません。
3. 成熟期から脱却したブランド戦略の成功事例
“確立された企業像”を問い直す「タカラスタンダード」
ホーロー製の住宅設備機器で知られるタカラスタンダードは、創業100年を超える老舗企業として、長らく安定した事業基盤を築いてきました。製品の品質に定評があり、業界内でも高い信頼を得てきた一方で、企業としては一定の認知や地位を確立したことによる、いわば「成熟期」に差しかかっていました。
同社が直面していたのは、製品力だけでは新しい顧客層や若年層人材を惹きつけにくくなっているという現実でした。過去の実績に依存するだけでは、次の10年を見据えた持続的な成長が見込めないという危機感があったのです。そこで同社は、ブランドの語り直しに踏み切ります。単に製品の機能性や耐久性を語るのではなく、「暮らしを支えるパートナー」としての企業の社会的意義や、持続可能な住まいづくりへの姿勢など、価値観レベルでの訴求に舵を切りました。この企業イメージの変化は顧客に波及し、リフォーム市場など新たな接点の創出にもつながっています。

また、採用ブランディングの刷新も大きな柱となりました。製品訴求に偏っていた従来の採用広報から脱却し、働く人々のリアルな声や企業文化、若手社員の成長ストーリーなど、企業の「内面」を丁寧に発信。SNSや動画コンテンツを通じて、求職者が自分ごととして共感できる文脈をつくることで、若手人材の応募が増加しています。
長い歴史の中で確立された“らしさ”を守りつつ、その語り方や見せ方を更新する。この柔軟なブランド戦略によって、タカラスタンダードは企業としての成熟期を再び成長期へと転換する糸口を掴みつつあります。
自社の“らしさ”の再定義「カリモク家具
愛知県に本社を構えるカリモク家具は、創業以来、木材加工と職人の手仕事による「日本製の品質」を強みとする、地域密着型の家具メーカーです。住宅メーカーや家具店との関係を通じて安定的な売上を誇っていましたが、住宅市場の成熟や若年層のライフスタイルの変化といった外部環境の変動により、従来のビジネスモデルに限界を感じるようになっていました。

このような背景から、カリモク家具はブランドの再定義を目指す新たな戦略に取り組みます。まず変えずに残すべきものとして、品質や歴史への信頼を確保しつつ、ブランドの語り口を時代に即した形で進化させました。特に、「カリモク60」という1960年代のデザインを現代に蘇らせる取り組みは、若い世代を中心に新たな顧客層をターゲットにした点が大きな転換点となりました。これにより、都市部の感度の高い層に対し、ブランドの伝統と現代的な価値をうまく融合させたのです。
ブランドの再定義に伴い、限られた販路に依存していた販売体制も見直します。直営店の拡大やECサイトの強化に力を入れることで、物理的な店舗やオンラインでの販売チャネルが広がり、新しい顧客層の獲得と売上の向上を実現しています。
4. 成熟期から脱却を成功させるポイント
成熟期から脱却するブランド戦略において、重要なポイントを4つ挙げてみます。
1)ブランドの“現在地”と“未来地”を可視化する
単なる現状の不満ではなく、「どこに立っていて、どこへ向かいたいのか」を言語化することが、ブランド進化の出発点です。
2)未来を基準にして「価値の再定義」を行う
これまで強みだった価値が、未来にも通用するとは限りません。5年後、10年後に評価される価値を起点に、ブランドの主軸を見直す必要があります。
3)内外の対話を重視する
ブランドの進化には、顧客だけでなく社員との対話も欠かせません。現場の誇りや想いを丁寧にすくい上げることで、ブランドは実態を伴ったものになります。
4)伝え方・見せ方を、社会的文脈の中で改める
企業側の伝えたいことだけではなく、社会や生活者が“受け取りたいメッセージ”としてどう表現するかを工夫することが重要です。メッセージやデザインの刷新は、その文脈の中で行われるべきです。
5. まとめ
成熟期にある企業にとって、「変わらなければ」と感じる場面は多くあっても、どこから手をつければよいのか、何を拠り所に進化させればよいのかが見えづらいのが実情でしょう。
そもそもブランドとは、企業の「らしさ」を社会に伝える装置です。そしてブランドの進化において重要なのは、「変わること」そのものではなく、何を変えずに残すのか、そして何を時代に合わせて変えるのかを見極める視点です。すべてを刷新するのではなく、企業の核を再確認し、その語り方や見せ方をアップデートしていくことで、ブランドは静かに、しかし確実に次のフェーズへと移行していきます。
成熟期の脱却をリスクと捉えるか、チャンスと捉えるかは、その企業の経営者次第です。本レポートが、次の10年を切り拓くための着実な一歩を踏み出す契機となれば幸いです。
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この記事・レポートについて
この記事・レポートは、20年以上にわたるブランディング実績と、ブランド戦略に関する最新事例の研究に基づいてフォアビスタ株式会社が執筆したものです。ブランディングにおける課題解決の糸口、戦略実行のヒント、実施施策のノウハウを提供しています。
